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【映画】☆5 K-19

 

 

 

「赤ワインはストロンチウムを増やす... いや減らす」

 

 

 

米大統領選は放っておけ、時代はソ連

レビュー17本目はK-19(2012)

評価:☆☆☆☆☆ 人災

 

 

 

冷戦下でのソ連製原潜、起こるべくして起こった原子炉の放射線漏れ事故とそれによる悲惨な結末を副艦長視点から描いたノンフィクション映画

 

 

 

「我々にも破壊武器があることを奴らに見せるのだ」

あらすじ1

チカチカと輝く計器類に慌ただしく走り回る乗組員。処女航海を間近に控えたソ連待望の新型原子力潜水艦K-19の船内では、今まさに核攻撃の訓練が行われていました。ところが発射秒読みといったところで配電盤がショート、観覧する上層部もあきれ顔です

もともとK-19には多くの欠陥を抱え、出港には早すぎるといわれていました。急ピッチでの建設段階では作業員が何人も犠牲になり、搭載される部品も正規品でない粗悪品ばかり。重要な計器類さえも良く誤作動を起こし、とても洋上公試などできたものではありません。しかしアメリカとの核競争に固執する軍司令部はそんなことは目もくれず、勝手に時の最高指導者フルシチョフとの話もつけ、模擬弾を使用した北極でのミサイル発射を強行させます

荷積み段階でも予定した薬品が届かず抗議に走った医師が事故死、知識豊富な原子炉担当技師の解任と新任技師による穴埋め、そしてなによりコネでのし上がった艦長の就任。すべてに欠陥を抱えたK-19は出港の儀式にさえ失敗し、「不吉だ」と船員に呼ばれる始末。それでも国の威信をかけ、作戦域へと舵を切らざるをえず、それが悪夢のような事件につながってしまいます

 

 

 

 

 

さすが婦人靴を頼んでやっと配給されるのが長靴の国は一味違うぜ!

時代は1960-61年なので丁度キューバ危機の直前、ソ連アメリカ合衆国が最も仲の悪かった時代といってもいいでしょう。アメリカは10回、ソ連は2回地球を破壊できる核弾頭を配備しながらもなお軍拡を続ける、狂気の時代です。宇宙連合に誘おうと地球に来た宇宙人がそれを見て、「地球人は他宇宙を破壊しつくそうとするテロ集団だ」と勘違いする話が星新一にもありましたね。この終わりのない軍拡はついに「国が滅んでも報復核攻撃ができるように」という何が何だかわからない戦術プランへと至ります。食糧の続く限り何十日も活動し続け、命令を受ければ直ちに浮上し攻撃を行う。そう、原子力潜水艦の誕生です

嫌な死に方ランキング上位の急性放射線被曝、圧死、溺死、凍死、焼死、すべてを総なめにする夢の鉄棺、それが原子力潜水艦なのです。序盤にながれる発射訓練シーンは手に汗握る素晴らしいものです。命令があれば本当に打つ気だったのが凄い。1960年代はちょっと間違えば東京消し飛んでますからね...

 

 

 

「こんなものはレインコートと同じだ!」

しかしこの艦長、コネでのし上がったという評価を気に食わないのか、次々を無茶な命令を実行します。毎日の抜き打ち訓練に船体の負荷を無視した急浮上急潜航。我々に休みはないのかと部下からの信頼も薄く、なんとか副艦長がなだめますが艦内はピリピリした空気に。それでも何とか模擬弾の発射には成功、突き破った分厚い氷の上で水兵たちはサッカーに興じ、つかの間の平和が訪れます。ところがそのころ、船体後部の原子炉で冷却水が漏れる異常が発生、これが未曽有の大惨事へとつながることはまだ誰も予想していませんでした

悪いことは立て続けに起こる、弱り目に祟り目とはよく言ったものですが、ここで取り付けられた長波通信装置が故障、司令部との連絡が途絶えます。救援の要請もできず、かといって炉を運転して潜航帰投することもできず。最終的に出した結論は、魚雷を解体したパーツを炉に溶接し、漏れだした冷却水のかわりに船に積まれる30tの真水を流し込むこと。それも備え付けのはずの防護服は品切れ状態。そこで作業することはすなわち死を意味することでした

 

 

 

 

 

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「心配すんな たった10分間だ」

 

ここで注意しておくと、この映画死ぬほどグロいです。「ヒトラー最期の12日間」の切断手術シーンを笑ってみられる程。観ている最中に「無理無理無理」となったのは、記憶に残っている限りではエイリアン2とこれくらいでしょうかね。なにせ何の役にも立たないケミカルスーツとガスマスク姿で、たんまり溜まった冷却水に足を突っ込みながら作業するもんですからその被曝量はすさまじく、10分の作業を終えて出てくる作業員は既に手遅れであることは誰が見ても一目瞭然

放射線によって皮膚は赤く焼けただれて水泡が浮かび、猛烈なめまいで自力では立てないほど衰弱、そこら中に吐瀉物を吐き散らします。見るに堪えない彼らをひとまず隔離区域へ搬送するのですが、おのおの体中に包帯を巻き、痛みにうめくばかり。特に被曝量が多かったため失明した水兵が、妻の写真を手渡されても「見えない、見えない」と言っているシーンは特にきました。3番手に指名された新任技師は先発隊のあまりの惨状に出発を拒否しますが、あんなの誰でもそうなると思います。特に放射線について詳しく勉強していますからなおさらでしょうね。それでも誰も彼を責めない、妙な説得や根性論が入らないのはナイス

出てきた先発隊が、全身を覆う装備で一件大丈夫そうに見えて、よろめいてガスマスクが取れると焼けただれた顔があらわになる。このシーンは本当に最悪な気分になりますが、見せ方としては最高だと思います。JCO東海の臨界事故等の記事を読んでいると思いますが、遺伝子をくりぬかれるということの怖さは計り知れないですね。全身の皮膚が剥がれ落ちていくのに死ねないなんて、まさに生き地獄と言っていいんじゃないでしょうか。創作物とは言えどこういうものを見ると危機意識が高まりますね。まあ放射線が一度漏れだしたら一般市民にはどうすることも出来ないんですが

 

 

 

文字通り決死の作業で一度は持ち直したものの再び上昇する炉の温度。潜航できずに浮上したままの艦はついに米軍の駆逐艦に発見されます。魚雷室では解体によって漏れでた燃料が引火し作業員が死亡、船内には漏れだした放射線が充満しとても作戦続行は不可能に。以前として司令部とは連絡がつかず、逆に司令部は観測機によって艦に随伴する米駆逐艦をとらえ、亡命を疑います。米軍に助けを求めるか、それとも自沈するか。船員の命か、祖国の技術か。一刻の猶予も許されない中、指令室は究極の選択を迫られることになります

 

 

 

この映画、狭い潜水艦内での出来事を追っているので、「Uボート(1981)」のようにてっきりミクロな話で完結していると思いきや、結構グローバルに冷戦期の緊張を説明してくれるので歴史がよくわかります。なぜ自沈が選択肢に入るかというと、まずは技術を渡さないためですが、もう1つ、米艦を巻きこまないためです。K-19の炉が1000度を超え暴走状態になれば、技師いわく「ヒロシマ」以上の核爆発が起こります。付近で警戒を続ける駆逐艦はそんな事態に気づきもしませんから、巻きこまれることは必至です。時代は1960年代、形はどうあれ自国の駆逐艦ソ連の核爆発に巻き込まれることは何を意味するでしょうか。ここらへんの今にも切れそうな緊張関係が、劇中で丁寧に説明されるのでとても勉強になりますね

惜しむらくはこの映画、ハリウッド映画なのでみんな英語でしゃべってるんですよね。主演がハリソン・フォードなのに気が付くべきでした。アメリカ批判のプロパガンダ映画を見ながら英語で悪態をついているのは一瞬ギャグかと思いました。"Thank You"と感謝を言うロシア人は久しぶりに見たぞ...

 

 

 

鬱映画という区切りはあまりに主観的な感想で好きなカテゴリ分けではないのですが、この映画はその評価が定まらない稀有な存在です。途中までは間違いなく非常最悪の鬱映画といってもいいでしょうが、途中から潜水艦よろしく評価が急浮上したり逆に沈んだり。大の為に小の犠牲を払えるかというのは「トローリー問題」として古くから存在していますが、それが正しいのかどうかの結論を出すのは難しいです。まして自分の命令次第で誰かが死ぬ艦長目線にあってはなおさらでしょう。全乗員の命か、それとも作業員の命か。それも、原子炉に立ち入った者は死ぬよりもひどい状態になって出てくるのです。最後まで観終わってからうんうん考えましたが、どうも答えは出なさそうですね

 

 

 

実はこの映画、Steamでの1コメントがきっかけです。Terrariaでシコシコ伊号401型潜水艦を作っていたところ、「K-19だね」というコメントが。そのときは軽くスル―しましたが、後からやっぱり気になって調べると出てくるわ出てくるわ。まさかハリウッド映画にまでなってるとは夢にも思わず、このたび衝動的に見ることになったわけです。何度も言いますけど、こういうコミュニティのつながりはいいですね、後でお礼を言っておきます。言語が違くても共通の映画で繋がれるのだ

 

 

 

ということでここまで。ハリウッド映画なのでなんらかのトンデモは入っているとは思いますが、歴史モノとしても、単に放射線漏れ事故を追ったものとしても秀逸な作品だったと思います。あの時代特有の、放射線に関する能天気さと実際のギャップは凄まじいです。作戦直前、「髪の毛が抜けるらしいぜ」と不安がる若い水兵らがとても痛々しくて見ていられない。うわあああ行かないでと叫びたくなります。特に日本は2011年以降放射線漏れ事故の話題には欠かせない存在になってしまったので、重度の被曝について良くわからないという人は、この映画を見れば大体人間どうなるかがわかると思います。ぶっちゃけ地味な事件をよくここまで昇華させたものです。非常におすすめ

 

 

 

 

[ちょいネタバレ]

 

 

 

 

なぜ副艦長が裏切った?のかについては自分も疑問に思いました。おそらく、どんな無茶な命令であれクーデターのようなやり方で反抗するのは良くないという考えに基づいているんだと思います。上司の命令は絶対というのが軍隊の規則ですからね。艦長は父、乗組員は子です。しかし途中まで若干乗り気だったのにあの豹変ぶりはないよ 冏rz

 

 

 

2016/11/14 校正

2016/11/16 語句追加

2017/01/10 校正