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【映画】☆4 この世界の片隅に

 

 

記念すべきレビュー20本目はこの世界の片隅に(2016)

評価:☆☆☆☆ 

 

 

 

時は第二次世界大戦、戦争に振り回されながらも力強く生きる女性すずと、その家族の生活を描いたアニメ映画・戦争映画

 

 

 

まとめ:

 戦争1、生活9の戦時下の生活ドキュメンタリー

 むごいシーンはなく、子供でも観に行ける

 全体的にのほほんとした雰囲気でちょっと中だるみする

 町の風景と暮らしぶりに魂が宿っている

 オススメである

 

 

 

あらすじ

海苔の養殖家の娘すずは絵が得意で、写生の課題をきっかけに同級生、哲と親しい関係になります。しかしある日、呉からやってきた男、周作に結婚の話を持ちかけられ、断る理由もないすずはそのまま嫁入りすることに。そこは日本屈指の軍港がある大きな町で、すずは慣れない家事をこなしながら、軍人である夫を支える妻として懸命に努力します。そんな彼女を一家は暖かく迎え入れ、いつしか家族の一員として愛されるように。ところがそのころ米軍は日本近海の島々を次々と奪取、じわじわと本土を攻撃範囲にとらえ始めていたのでした...

 

 

 

いつも猫背で小さく、おっとりし過ぎでつっこまれて><となり、垂れ目がにあう臆病な性格かと思いきや、時に凛とした表情も垣間見える。そんな女性が主人公の今作ですが、毎度髪が乱れている上に動きにしながあるからですかね、絵柄頭身の割に動きが妙にエロく感じました。要所要所で着物がはだけたり、脱いだり、戦争映画観て何言ってだこいつと思われても仕方ないですが、ちょっと演出が艶っぽ過ぎたような気がしますよ。自分だけ? 劇中に登場する遊郭のお姉さんはその倍を行きますが

閑話休題、肝心の戦争要素についてですが、かなり少なかったです。原爆モノだと思ったら全くそんなことはなかった。呉とはいってもすずの住まうことになる家は軍港から遠い場所、斜面に広がる段々畑の中にあるので被害は大きくなく、これといって悲惨なシーンはありません。「この絵柄なら大丈夫だろう」というピュアハートを素粒子レベルにまで分解した「風が吹くとき」という前例があって戦々恐々としていましたが、今作は絵柄にそぐうのほほんとした雰囲気で助かりました。最後の方ちょっと怪しかったけどね。ということで、一応空襲があるにせよ、展開はとことん地味です。戦争映画にありがちな悲痛な感じは一切ないので、観に行ってブルーな気分になることもないでしょう

 

 

 

ただしこの地味なシーンの連続はマイナス点ではなく、なかなか見どころがありました。きちんと段階を踏んでいくんですよね

まず食事。配給が切れ、緑黄色野菜がないので料理に色がなくなり、はじめは貧しいながらもそれなりの食事が、ほとんどコメのない雑炊、芋煮、七草がちょっぴりはいった粥といった質素なものに変わっていきます。俯瞰で食卓が映るシーンが何度もあるのですが、茶色いです。そう、皿がほとんどないのでほとんどちゃぶ台なんですよね

町の様子も様変わり。はじめはもの静かな軍港が、やがて巨大な軍艦で埋まっていく様子、にぎやかな通りからは綺麗な呉服を着た人が姿を消し、トボトボ歩きのモンペ姿の婦女と軍人が行き来するようになる。鮮やかだった町の色がふと気が付くと渋い色あせた光景になっている。総力戦において、もはや市民は戦争と無関係ではないのです

 

 

 

この映画「この世界の片隅に」を紹介する新聞記事に、『戦争に勝る日常生活』という小見出しがつけられていました。自分はこれこそこの映画を一言で表すすばらしい見出しだと思います。すずたちはただではめげないのです

日常がある日を境に非日常に変わるというのがこういう映画の特徴ですよね。先ほどの「風が吹くとき」なんかは夫婦の日常生活から核攻撃という悪夢へ、「はだしのゲン」なんかは家族の日常生活から原爆投下という悪夢へ。一瞬にして戦争は全てを奪い去ってしまう、だから戦争ダメダヨーというのがこういうののテンプレのはずがしかし、すずたち一家はそんなことは気にせず、くらしの一部にしてしまいます。まさに『戦争に勝る日常生活』といってよいでしょう

 

 

 

配給が止まれば野草を摘み、米軍機から宣伝ビラが流れればそれを便所紙にし、強くたくましく生きていきます。非日常さえ日常に取りこんでしまう。まるで踏まれてビッタンコになってもいつの間にか上に伸びているたんぽぽのような力強さですね。「空襲警報はもう飽きた」とのたまう子どもには感動すら覚えました。この監督はひとつひとつのエピソードを作るのにものすごい聞き込みを重ねているのでまず間違いないでしょうが、ここまで呉市民が戦争状態に慣れきっていたということに驚きます。今まではサイレンが聞こえようものならすぐさま壕に入り震えながら過ぎ去るのを待つとか、探照灯をバックに「おどりゃアメ公」と竹やりを振り回して悪態をつくといった反応が普通だと思ってました。ところがすずは空襲を恐れず、かといってアメリカ軍に怒りをぶつけたりもしません

はだしのゲン」での町会長や「火垂るの墓」でのおばさんのような、視聴者にとって嫌味なキャラクターがいない。「硫黄島からの手紙」では吠えかかった飼い犬を射殺するほどの、戦時下恐怖の象徴であった憲兵ですら笑いのタネにしています。描かれるのは純粋な支えあいで、非常に温まります。彼女はいろいろな面で幸運だったのでしょう。戦局がすすむにつれて暗い雰囲気がともなってきますが、それを吹き飛ばす冗談やジョークが全編にちりばめられていて悲壮感を全く感じません

 

 

 

大事になってもへらへら笑っている、自分の意思がなく、半ば無気力ともとれるその態度には煮え切らない点もあります。そもそも結婚からしてそんな感じでしたしね。どうもここに不満を持つ人が少なからずいるようですね。確かに戦争に振り回されながらも文句をいわず、黙々と働き続ける彼女を見ているとNHKドラマ「おしん」を思い出します。こういうのは今日日、はやらないんでしょうかね。海外では受けそうですが

自分としてはここに『女の強さ』を感じました。昔の日本男児は強かったと言いますが、女はもっと強かったのではないか。高齢で病気がちな父と出征した夫。家庭を支えるのはもう女手しかないのです。離れた配給所まで坂を上り下りして通い、水をバケツいっぱい汲んで背負い、畑の手入れをし、火を起こし、子供の世話をし、老人の面倒も見る。不平ひとつ言わないこういう努力があったからこそ戦争の継続が可能だったのかもしれません

終戦時の涙の理由ですが、たぶんこんなすずの態度は「国のやることは正義である」という確信があってのことだったんじゃないでしょうか。したがって、敗戦した時に結局すべて嘘で、大東亜共栄圏その他もろもろは全部建前で、やっていることはただの暴力であったと気が付き、その裏切りに激高したのでは。唯一の反戦要素かもしれませんね

 

 

 

ここからはマイナス点ですが、後半の盛り上がりに欠けるのが気になりました

原作ものでは冗長な(と言ったら失礼ですが)シーンはいちいち描かず、音楽、特にメインテーマをバックにダイジェストに軽くまとめるという手法をよく使っています。「ブレイブストーリー」はこのやり方が上手かった。ですがBGMまでが作品の雰囲気を壊さないふわふわしているものなので、最後の方は目立って派手なシーンもなく、長さをひしひしと感じました。戦争映画として観に行った1回目なのでこの感想になると思います

ちなみに不安に感じていた「のん」さんによる吹替えは完璧でした。のびのびした雰囲気がよくあっていたと思います。幼少期と青年期でほとんど声質が変わっていないのがちょっぴり残念でしたが。最近は有名な俳優をメインで固めて他に声優を使うというのがはやりなんでしょうかね

 

 

 

最後に肝心の空襲シーンに言及しておくと、素人目にかなりよくできていたと思います

対空砲の破裂音から始まる空襲、高角砲がまるで届いてないのが悲しい。演出のため意味もなく火だるまになって落ちるマヌケなグラマン(男たちのYAMATO)は一機もなく、対空砲と艦砲射撃をあざ笑うかのように回避、容赦なくドドドドと機銃掃射を浴びせてきます。木立がえぐれ、土塊がはじけ飛ぶのをみると機関砲弾の恐ろしさがよくわかります。ほかに、爆発した大きな砲弾の破片が落下してきたり、水中に落ちた爆弾や艦砲射撃で魚が浮く描写など、普段知りえない、市民目線からの戦争を丁寧に描ききっています。記憶によれば米軍機の撃墜描写は1カットもなかった気がします。悲しいかな、制空権はもうないのよね...

 

 

 

以上。老老男女みたいな感じの人入りだと思ったら、老(失礼)はまったくおらず若男女でした。時間帯にもよるでしょうが、もちろん満員でした

戦争、銃後、夫は軍関係者(正確にはちょっと違いますが)ということで、「風立ちぬ」みたいな年齢層を想定していたらみなさん以外に若く、驚いたのは小学校低学年くらいの児童がたくさんいたことですかね。絵柄の影響でしょうか

 

 

 

帰りにパチンコ屋を横目で見てなんだかなーと思いましたが、この映画で描かれる雑草精神はいまだ日本人には宿っているんじゃないかと思います。ここ70年は踏みつけられていないからわからないけど、きっといざという時に立ち現れてくるんじゃないでしょうかね。東日本大震災ではちょこっとそれが見られましたね。役に立つ日が来ないのが一番なんですが

すがすがしい、とまでは言えませんが「金払ってこんなつらい話見るんじゃなかった」という戦争映画にありがちな後悔はなく、最後の結末まで楽しめました。ただ観終わったあとになぜか(リアルに)胸が苦しいです

 

 

 

「この世界の片隅で」という助詞ぶつ切りタイトルですが、ちゃんと続きが夫、周作によって語られるのでぜひご注目ください。ネタバレになりそうなのであまり言えませんが、自分は「お前は普通に生きていて欲しい」という哲の言葉の方が似合うと思いました。この男2人とすずとの関係にも目が離せませんね。「100年後に伝えたい」というキャッチコピーが成るかどうかはわかりませんが、少なくとも10年は語られる名作映画だという感想。オススメ

 

 

 

2016/12/14 校正、文章追加